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[[画像:Hidaka Terutada.jpg|thumb|right|200px|日高輝忠、1940年頃。<br>自著『祖国は叫ぶ』{{Harv|日高|1940b}}より。]]
'''日高 一輝'''(ひだか いっき、[[1912年]][[1月6日]] - 没年不詳)、'''日高 輝忠'''(ひだか てるただ)、本名:'''鈴木 芳郎'''(すずき よしろう)は、[[山形県]][[鶴岡市]]出身の、宗教研究者、宗教活動家、政治家。[[世界連邦運動|世界連邦建設同盟]][[理事長]][[日本バートランド・ラッセル|ラッセル]]協会常任理事。
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'''日高 一輝'''(ひだか いっき、[[1912年]][[1月6日]] - 没年不詳)、'''日高 輝忠'''(ひだか てるただ)、本名:'''鈴木 芳郎'''(すずき よしろう)は、[[山形県]][[鶴岡市]]出身の、宗教研究者、宗教活動家、政治家。元[[世界連邦運動|世界連邦建設同盟]][[理事長]][[日本バートランド・ラッセル|ラッセル]]協会常任理事。
  
 
== 略歴 ==
 
== 略歴 ==
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* 満州国・[[王道書院大学]]教授。
 
* 満州国・[[王道書院大学]]教授。
 
* 戦時中、[[若林不比等#篁白陽|篁の一団]]とよばれたグループの一員として[[中国東北部]]や[[華北地方]]での宗教工作に関与{{Sfn|三村|1953|p=222}}。
 
* 戦時中、[[若林不比等#篁白陽|篁の一団]]とよばれたグループの一員として[[中国東北部]]や[[華北地方]]での宗教工作に関与{{Sfn|三村|1953|p=222}}。
*1939年2-3月頃、かつての[[大日本日蓮主義青年団]]の機関誌『若人』を復刊{{Sfn|妹尾|1974e|pp=113-115}}[[六本木]]の[[出雲大社教会東京分社]]に出入りし、[[内山若枝]]、岡本某([[岡本米蔵|米蔵]]?)らと[[皇運扶翼会]]の結成を準備した{{Sfn|妹尾|1974e|pp=113-115}}。
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*1939年2-3月頃、かつての[[大日本日蓮主義青年団]]の機関誌『若人』を復刊{{Sfn|妹尾|1974e|pp=113-115}}。1940年2-3月頃、[[六本木]]の[[出雲大社教会東京分社]]に出入りし、[[川上初枝|内山若枝]]や翼賛団体・[[日本建設協会]]の[[岡本清一]]らと[[皇道翼賛青年聯盟]]の結成を準備した{{Sfn|妹尾|1974e|pp=113-115}}。
 
*1940年6月頃、内山若枝と結婚{{Sfn|妹尾|1974e|p=138}}。内山はこの頃から「日高みほ」と名乗った{{Sfn|三村|1953|p=280}}。
 
*1940年6月頃、内山若枝と結婚{{Sfn|妹尾|1974e|p=138}}。内山はこの頃から「日高みほ」と名乗った{{Sfn|三村|1953|p=280}}。
 
* [[上海アジア研究所]]。
 
* [[上海アジア研究所]]。
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== 著作物 ==
 
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=== 著書 ===
 
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*日高(1940) 日高輝忠『荘内百姓天保義挙鳥海颪』青年塾、1940年、{{NDLJP|1685713}}{{閉}}
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*日高(1940a) 日高輝忠『荘内百姓天保義挙鳥海颪』青年塾、1940年、{{NDLJP|1685713}}{{閉}}
*-(1940) -『祖国は叫ぶ』青年塾、1940年、{{NDLJP|1273559}}
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*{{Aya|日高|year=1940b|mask=}} -『祖国は叫ぶ』青年塾、1940年、{{NDLJP|1273559}}
 
*-(1970) 日高一輝『人間バートランド・ラッセル - 素顔の人間像』[[講談社]]、1970年、{{JPNO|74006534}}
 
*-(1970) 日高一輝『人間バートランド・ラッセル - 素顔の人間像』[[講談社]]、1970年、{{JPNO|74006534}}
 
*-(1974) -『ラッセル - 恋愛と結婚』[[河出書房新社]]、1974年、{{JPNO|74010774}}
 
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**新装版:八幡書店、2000年、ISBN 4893500163
 
**新装版:八幡書店、2000年、ISBN 4893500163
  
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2021年12月2日 (木) 21:59時点における最新版

日高輝忠、1940年頃。
自著『祖国は叫ぶ』(日高 1940b )より。

日高 一輝(ひだか いっき、1912年1月6日 - 没年不詳)、日高 輝忠(ひだか てるただ)、本名:鈴木 芳郎(すずき よしろう)は、山形県鶴岡市出身の、宗教研究者、宗教活動家、政治家。元世界連邦建設同盟理事長ラッセル協会常任理事。

略歴[編集]

著作物[編集]

著書[編集]

  • 日高(1940a) 日高輝忠『荘内百姓天保義挙鳥海颪』青年塾、1940年、NDLJP 1685713 (閉)
  • - (1940b) -『祖国は叫ぶ』青年塾、1940年、NDLJP 1273559
  • -(1970) 日高一輝『人間バートランド・ラッセル - 素顔の人間像』講談社、1970年、JPNO 74006534
  • -(1974) -『ラッセル - 恋愛と結婚』河出書房新社、1974年、JPNO 74010774
  • -(1986) -『世界はひとつ - 道ひとすじに』八幡書店、1986年、ISBN 4893505017

訳著書[編集]

  • 日高(1962) B.ラッセル(著)日高一輝(訳)『人類に未来はあるか』理想社、1962年、NDLJP 2976907 (閉)
  • -(1963) -(訳)『わがチベットダライ・ラマ自叙伝』講談社、1963年、NDLJP 2984140 (閉)
  • -(1967) バートランド・ラッセル(著)-(訳)『ヴェトナムの戦争犯罪』河出書房、1967年、NDLJP 2983021 (閉)
  • -(1968) -(訳)『ラッセル自叙伝 第1』理想社、1968年、NDLJP 2974177 (閉)
  • -(1970) バリイ・フェインベルグ、ロナルド・カスリルズ(編)-(訳)『拝啓バートランド・ラッセル様 - 市民との往復書簡-宗教からセックスまで』講談社、1970年、JPNO 74006548
  • -(1971) -(訳)『ラッセル自叙伝 2』理想社、1971年、NDLJP 2974219 (閉)
  • -(1973) -(訳)『ラッセル自叙伝 3』理想社、1973年、NDLJP 2974220 (閉)
  • -(1978) ダライ・ラマ(著)-(訳)『チベット仏教の概要』チベット文化研究会、1978年、JPNO 82013163
  • -(1979) 第14世ダライ・ラマ(著)-(訳)『この悲劇の国、わがチベット - ダライ・ラマ自伝』蒼洋社、1979年、JPNO 79012076

付録[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 妹尾 (1974e) 妹尾鉄太郎・稲垣真美(編)『妹尾義郎日記 第5巻』国書刊行会、1974年、NCID BN01797570
  • 三村 (1953) 三村三郎『ユダヤ問題と裏返して見た日本歴史』八幡書店、1986年
    • 初出:日猶関係研究会、1953年
    • 新装版:八幡書店、2000年、ISBN 4893500163